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2009年7月

次期政権を担う政党は、チェンジを待ち望む国民の期待に応えられるか?

 先月のブログで、都議選の行方はどうなるかと書いたが結果は与党が議員数を大幅に減らし、野党が大きく議席を増やすこととなった。これで石原都政もかなり議会運営でやりにくくなったのではなかろうか。

 Election01 麻生内閣もようやく7月21日議会を解散し、8月18日選挙公示、30日投開票のスケジュールで衆議院選挙戦モードに突入した。マスコミによる支持政党の世論調査でも前回の参議院選挙で与党が大敗した流れは変わらず、衆議院選挙戦でもこの流れは変わらず、むしろ一層流れは強くなってきているようだ。国民の大方の思いが今度は一度野党に政権をゆだね、所得格差・年金問題・医療費問題・失業問題など将来に対する不安が大きなこの社会で、何とか将来に希望が持てる打開策を示して欲しいとの気持ちが、政権交代を期待する流れに向かわせているのではないだろうか。

 今回の衆議院選挙で野党側が政権奪還のチャンスが現実味を帯びてくるに付け、今までは反対勢力として与党の政策に反対を突きつけていれば野党の存在感を示すことが出来ていたが、いざ本当に政権を担うようになった場合に政権与党としての役割を果たせるだけの実力があるのだろうかと一抹の不安も覚える。特に外交政策面で、現政府の外交政策との継続性・整合性と外交対応力である。

 今度の衆議院選挙戦は、日本国のターニングポイントとも位置づけるくらい大きな政治潮流の変化の時期に当たる。選挙権を持つ一国民としていづれの政党を選ぶにせよ、良く考えて貴重な1票を投票したいと思う。

 最近読んだ著書「日本・米国・中国 団塊の世代」著者:堺屋太一 (編著)
淺川 港、ステファン・G・マーグル、葛 慧芬/林 暁光 出版文化社
定価1,680円 は(日本・米国・中国)三国の団塊同世代が、それぞれの60年ほどの人生をどう生きたか比較する本書は興味深く面白かった。ベトナム戦争を経験した米国のベビーブーマー、文化大革命の嵐に翻弄された中国の老三届世代。高度経済成長期に過ごした日本のぬるま湯団塊世代。

 そして、団塊世代当事者の彼らも既に60歳に達し(心も身体もまだまだ元気であると思っているが)65歳に至るまでに段階的に年金生活を迎える年齢となった。

 今朝の朝日新聞7月25日(土)に麻生首相が身内の会合で「65歳以上の人たちは元気に働いていられるという、健康を持っている人。介護を必要としない人は実に8割を越えている」その上で「その元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは働くことしか才能がないと思ってください」と発言し、早速野党党首から批判を受けている。

 麻生首相の失言はともかくとして、当事者である団塊の世代を含めて幸いにも年齢の割には、元気で健康で働く意欲のある人たちが多い。少なくとも60年以上の人生経験、社会経験を積んだ彼らのノウハウを活用しない手は無い。

 これからも、高齢者が元気で健康を長く維持できる様に、政府や自治体が健康管理体制を整備する事によって、高齢者医療費の抑制に繋がる。また元気な高齢者が、行政による適切な介護支援指導を受けて、75歳以上の高齢者の介護する老老支援の活動の道も見えてくる。

 少子高齢化のスピードが世界に類を見ないほど速く進んでいる我が国で、若者の晩婚化、出産率の低下が言われて久しい。また子育て中の若い世代に於いては、経済情勢が悪化する中、夫婦で共稼ぎしなければ生活を維持できない現状において、幼い子どもを勤務時間中に預かってくれる託児所・保育所の数も全く不足している。

 現在の育児支援制度の抜本的な改正には、関連する法律の改正と各種規制(業界を保護し新規参入を抑制するシステム)の緩和が必要である。その上に立って、専門知識・技能を有する保育士の待遇改善(賃金)によって、保育の仕事につく人たちの数を増やすと共に、前述の元気で働く意欲のある高齢者の活用と、社会貢献のモチベーションで保育に関わる人材不足を補うことも出来るのではないだろうか。

 しかし、介護や保育の人材がこれだけ不足している社会で、何故人材確保がままならないのだろうか? 現在は多くの若者が仕事が見つからず非正規社員・派遣社員・フリーター・アルバイトなどで不安定な生活を余儀なくされている。かって介護制度が導入された時期には、介護に関する専門学校や短期大学などに多くの若者が入学し・学んだ。しかし、現実には介護の職場環境は厳しく、いくら義務感に燃えて介護の仕事を続けようと思っても何年働いても給与水準が上がらないのでは、生活の目処も立たずその仕事を続けていく事は出来ない。そのようにして介護の仕事に意欲のある若者達も挫折して、他の職種に転職をせざるを得ないのが実情である。

 政府も一般国民の認識も、いまだ老人介護は家庭が主体で行政は介護の一部を支援すれば良いと思っているのではないか? 介護の人材不足を補うために最近インドネシアやフィリッピンから介護士を試験的に導入し人材不足を外国人の手(安い人件費)で補おうとする諸策は、本末転倒である。

 今日、産業構造の変化で多くの若者、中高年者が失業の憂き目を見ている中で、一方では介護・保育など将来にわたって国民の安全・安心を維持する上で必要欠くべからざる人材の確保が出来ないアンバランスを引き起こしている。この問題の解決方法は比較的単純である。すなわち介護・保育などに携わる人々の賃金を、製造業並の賃金に引き上げ、一般の会社で適応される各種賃金以外の制度(退職金・厚生年金・失業保険)の充実を図れば、自ずと人材は確保できる。しかし、これを介護・保育事業者の自助努力による負担に任せては実現不可能であり、政府・自治体による財政支援が必要である。

 いずれにせよ、我が国の産業は先進国への高付加価値・高価格の製品(自動車・IT機器など)輸出によって販売を伸ばし高収益を稼ぎ出せた時代から、昨年の米国発のサブプライムローン問題に関わる世界的な経済大不況で、先進国では高額商品の購買力が激減し、変って発展途上国や中国、インド等が先進国市場に変る有望市場へと移り変わってきた。これら有望市場では良質で低価格の商品が求められ、国内で生産していてはコスト競争に立ち向かえず、人件費の安い海外に生産工場や開発拠点を移し、結果的には国内の仕事が急速に減少して正規社員と非正規社員との所得格差や、失業問題を引き起こしている。

 時期政権を担う政党が、日本経済の建て直しを図り、日本を取り巻く世界的な経済課題を再評価して、将来を見据えた国内産業構造の思い切った変革を産業政策として打ち出し、日本国民に広く働く場の提供ができて安定した収入を得る機会を政治指導で是非作ってもらいたい。

(投稿:M太郎)

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混迷する政局の下、社会の閉塞感を打破する責任政党はいづれの手に?

 梅雨が明けるまでにはもう少し待たなければならないこの時期、政治の世界では本格的な夏に入る前に既に熱い戦いは始まっているようだ。

 Touhyou 6月の千葉市長選挙では、民主党が推薦する若干31歳の熊谷俊人氏が大方の予想を覆し千葉市長に選ばれた。4月は名古屋市長選挙で、5月はさいたま市長選挙で与党の推薦する候補が破れ、これで3連敗となる。次は静岡県知事選挙が7月5日投票日を控えている。首都圏の大票田である東京都都議選は7月12日が投票日となっていて、9月に衆議院の任期満了時期に合わせた前哨戦が俄然注目される。

 6月17日に発表した政府の月例経済報告では、景気の基調判断を「厳しい状況にあるものの、一部に持ち直しの動きがみられる」として、2ヶ月連続上方修正をしている。自動車を例に取れば、政府のエコカー減税などの経済対策効果が現れ始め、大手メーカーのハイブリド車は受注が好調で、工場の生産現場も忙しくなってきているようだ。また、個人消費も家電商品のエコポント導入による購入助成策や、定額給付金効果もあってか、一部で景気対策の効果が出てきているようだ。

 しかし、有効求人倍率は依然として下がり続けており、4月の失業率は5%にも達している。5月の失業率は5.2%と更に悪化している。有効求人倍率が底を打つまでにはまだ数ヶ月以上かかる見通しである。

 昨年9月、リーマンブラザーズ証券会社破綻から始まるアメリカ発の金融危機の世界的な拡大と経済大不況は、その発生の原因究明と各国政府の大規模な金融支援策によってようやく落ち着きを取り戻し、アメリカではグローバルな市場競争原理の暴走を抑える、金融政策もFRB(連邦準備(制度)理事会)を中心に、金融監督強化策に取り組み、規制の「抜け穴封じ」を行って顧客の保護と金融危機の再来を防ぐ取り組みに着手しだした。

 先日も、久しぶりに鎌ケ谷市の図書館に行って面白そうな本はないかと探していたら、一時話題となった「資本主義はなぜ自壊したのか」 中谷巌著 集英社インターナショナル発行 を書棚で見つけ読んでみた。

 著者の中谷巌氏は、構造改革の急先鋒であった著者が何故自説を転換するに至ったかを述べている。本書の前書きの一部を引用すれば、『グローバル資本主義は、世界経済活性化の切り札であると同時に、世界経済の不安定化、所得や富の格差拡大、地球環境破壊など、人間社会にさまざまな「負の効果」をもたらす主犯人である。そして、グローバル資本が「自由」を獲得すればするほど、この傾向は助長される。』とある。

 小泉政権発足以後、構造改革に邁進してきた日本企業はグローバル競争に打ち勝つため短期間の内に雇用形態を変革し、正規社員以外の非正規社員や派遣社員を多く採用し、人件費を抑えながら雇用の調整弁として活用してきた。2年前には過去最高の企業収益を上げる企業も続出したが、グローバル経済の破綻により昨年は一転して大幅な減収減益となって今年3月期決算では大赤字を出した企業が続出した。

 筆者も10数年以上も遡る現役時代の頃から、多くの企業が社員の評価に成果主義を取り入れだして何か不自然なものを感じていた。日本企業で最初にこの成果主義を取り入れた会社はF社(通信機器メーカー)であるが、丁度グローバル経済で日本企業がこぞって人件費の安い海外に工場を移し、生産移転を始める頃からこの様な人事評価に成果主義が取り入れられる様になった。しかし、そのF社も成果主義の弊害に気づき軌道修正をしていると聞く。
 最近のマスコミなどで報道されるサラリーマンや工場で働く社員は、成果主義の弊害で職場の人間関係もギスギスし、日本企業の特徴であった互いに協力して全体の成果を向上させていくという協調の精神が失われて来ているのではないだろうか。

 日本も戦後の荒廃した時代から、国の再建時期を経て高度経済成長期を迎えるあの時代、国民生活レベルはまだ豊かさを充分に享受出来るほどではなかったが、会社で働けば毎年給与も少しづつ上がり、生活水準の向上が実感できたあの頃、公団住宅(2DK)に住み、平均的な国民の生活レベルも横並びで、働く意欲があれば自由に職業を選べて、収入も増えて「三種の神器」といわれた洗濯機・テレビ・冷蔵庫を購入出来た1億国民総中産階級の時代が、所得格差も一番少なく実に平和で将来に希望の持てる良き社会であったと思う。

 しかし、戦後64年を経た今日の日本で国民は安心と安全が保障された豊かな生活が実現されたと感じているだろうか、否全くその反対である。グローバル経済の名の下に市場原理主義優先の構造改革(小泉内閣発足当時から)を推し進めた結果、所得格差が広がり、いままで日本人の間に存在していた相互信頼関係が薄れ、社会の安心と安全を保障する年金や医療保険制度も、監督官庁のずさんな管理体制の下で国民の信頼を損ねた。近年街中で起こる殺伐とした無差別殺人や、高齢者の犯罪増加、派遣切りに見られる弱者切捨てと貧困層の増大など社会不安は増加の一途である。

 少子高齢化に突入した日本で、将来的にも日本人が安心した社会に暮らせるためには、まず消費税を数年かけて上げて(5%→10~15%)目的税として使い、危うくなった社会保障制度を抜本的に建て直す(全ての国民に生活の最低保障を行う)事が必須である。現在の様な中産階級の所得減少と貧困層の増加は社会を不安定化し、貧困層に対するセーフティーネットの整備や就業機会提供のサポート体制の充実が必要である。

 明治以降の近代日本に於いても、国民の間に貧富の差が少ない社会の方が、日本人の精神構造も安定化していた。国民の大多数が平等であると感じていれば、他人に対する思いやりや貧しくともお互い様と助け合いの精神が培われてきたのだと思う。

 はからずも、今回の世界的な大経済不況で表面化した国内の社会不安は、政府の推し進めた市場競争原理優先政策が、国民の間に所得格差の歪を拡大させ将来に対する国民の生活不安をもたらしている。そのため国政及び地方行政に於いても年金、医療保険制度など社会保障制度の抜本改革が求められているし、少子化が急激に進む我が国において次代を担う世代に対して、安心して子育てが出来る税制改革や各種支援策など制度改革を推し進めるべきであろう。

 さて、冒頭の衆議院選挙の行方であるが、今国民が望んでいるのはこの閉塞感に満ちた社会を何とか良くして欲しいということではなかろうか。アメリカでも民主党のオバマ大統領が現れ「チェンジ」を旗印に、前政権のブッシュ大統領が出来なかった改革に果敢に挑戦をしている。就任前に勃発したアメリカ発の金融恐慌と世界への広がりを就任後の短期間の内に、解決の道筋をつけたオバマ大統領の行政手腕には希望を抱かせるものがある。

 日本国民も今年の衆議院選挙でどの政党を支持するのか、日本版「チェンジ」を実行し社会の閉塞感を打破してくれる政党に国民は期待する。次期政権を担う政党が政権公約「マニフェスト」の中でどれだけ国民の期待に応える政策を打ち出せるのか、国民の一人として与党と野党の政策論議には当分目を離せない。

(投稿:M太郎)

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